あなたしか見えない ~사랑해~ チョ・インソン

 愛するインソン君への想いを思いつくまま綴っています



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ELLE 2009→訂正:PREMIERE 2009

=訂正=(15:50)

柚さんから教えていただきました(^^)

の記事、「ELLE」サイトで見つけたので
てっきり「ELLE」の掲載だと思ってたのですが、
掲載は「PREMIERE」という雑誌だそうです。
きっと姉妹雑誌ですね?

画像に、ちゃんと「PREMIERE」って書いてあるのにね~
この雑誌の存在を知りませんでした(^^ゞ

同じ記事が「PREMIERE」サイトにも出ていました  こちら♪

柚さん、ありがとう!(⌒▽⌒)/゜・:*

・*:.。.:*・゜・*:.。・*:.。.:*・゜・*:.。・*:.。.:*・゜・*:.。・*:.。.:*・゜・*:.。

この前の「ELLE girl」で終わりだと思ったでしょう?(*^m^*)
私も この前ので終わりだと思ったんですが、もうひとつありました~

今回は「ELLE」2009年1月です。
これで「ELLE」&「ELLE girl」最終になると思うのですが…
もし抜けてるのがあったら、教えてください(^^)

また、記事が長めで~す


PASSIONAL LIFE

スペシャル全体の題目…2008年にこの俳優たちがいなかったら…それにしても幻のような現実、本当にお騒がせな行動だったね。同意するだろう?認めるだろう?2008年、最も痛快な瞬間を見せた俳優たち、よしよし、素晴らし過ぎる。


ELLE 2009,1
スタッフたちと話するのをちょっと立ち聞きしたが、ユーモア感覚が優れるようだ。

あ…。そうだろうか?私は芸能の出身じゃないか。シチュエーションコメディを通じてデビューしたから。

忘れていた。

それ、忘れないでくれ。芸能の出身だ。「バリでの出来事」「星を射る」みな そこから始まったことだ。

チョ・インソンがインタビューしに来ると言うと、皆うらやましがるのを知っているか?

でも、いつも そうなんだ。本人たちは(私を)好きじゃないんだ。本人たちは好きではなくて、友人が好きだというから?私は本人たちが来て、「好きなんです」という話を聞いたことがなくて。「私の友人がとても好きなんです」このように話したよ。自分はそれほどでもないって。

女たちから愛されるスターとして生きるというのはどうなのか?

そうだね。そのままありがたかったり。率直に言って、どんなものさしをも満足させてあげたい。それで私に対するものさしをランク付けしたりもするだろう。普段に戻るとき、失望させるかもしれない。そうならないように、 大きな足かせになる時もあるだろう。そんなものなどをちょっと違った方面で解きたいけど、限界があるよ。酒とタバコをやめることができない理由と同じではないだろうか?

常に自分のルールの中にある人のようだ。そのルールがますます狭くなりはしないか?

狭くなるだろう。でも…そうではないか?解放されたと叫ぶ瞬間、私は老いる。“ある日私は解放されたと叫んだ。その瞬間年老いている。ただ私は年老いていた。”こんな言葉もあったりするんだって。だから解放される瞬間が、私がもう年老いている瞬間なのだろう。今ちょっと不便でも、後で歳を取ってバブルが消えて、より一層バブルが消えて、私が好きな人々と一歳一歳老いていくならば、そんなことたちが自然に楽にならないだろうか?

撮影場は、どう思えばそのような俳優たちに、一番自由なところになるだろう。「サンファジョム」はどうだった?王と王后の間で葛藤するホンリムを理解する過程が容易ではなかったようだが。

どうにも分からない灰色地帯の人物だよ、見るからに。正解がないキャラクターだ。あるワンシーンを見てホンリムというキャラクターが予想されるようならば、実は心がちょっと軽かったことだろう。ところがそうではなく、一場面一場面らが集まって、その映画の最後のページを見てやっと「ああ、だからこういう行動をしたんだな」と理解されるような人物だ。普通なら、俳優は嗚咽したり激しい感情を表現して、高い充足感を感じることになるのに、そのようなシーンたちがたくさんは無くて、常に受動的に動かなければならなかった。身分的にもそうしなければならないキャラクターで。以前に「ハムレット」を例に表現をしたりもしたが。演技で何かちょっと足りないのでないか、不足したのでないか、そのような面で常に悩んで演技した。

「卑劣な通り」や「サンファジョム」は、世の中とぶつからなければならない柔弱な男の姿を現わしている。もしかしたら延長線上にありはしないだろうか?

彼らが常に立体性があると考えた。それも延長線だし。私は過度にマッチョ的なキャラクターを演技したい考えはなくて、また過度に柔弱な姿を演技したい考えもない。それが立体性が加えられた時、泣きそうな子供が泣けばつまらないじゃないか。泣くのが当たり前だから。ところが泣きそうじゃない子供が泣いた時はとてもインパクトがあるということだね。もちろん、それを計算的にはしないけれど。それが私の姿でもある。典型的なメソッド形式の演技者で、これがそのまま私と考えて、これが私の状況で。「これが私に置かれたミッションだ。私ならここでどのように行動するか」という考えで演技し始めるよ。徹底的に私の中から出発する。それでそんな役目(演技)をするみたいだ。

俳優として、そのような態度に対していつから考えるようになったのか?

初めからそのように行動したみたいだ。どこの誰にその話を聞く前に。分からなかったよ。私が典型的なメソッド形式の演技者なのかも分からなかったし。私がどのように暮らしているのか、どのように感じているのか。感じるのは感じたんだ。一人で苦悩したよ。苦悩という言葉はちょっとたいそうな表現ではあるけど。一人で考えて悩んだんだ。そのような悩みたちが私を生んだ。不幸は存在の核心だというから。不幸とは「自分が無くて空っぽです」という意味ではなく。そのような考えと悩みたちを苦行だ不幸だとすれば。それが私の存在の核心になるということを今は悟るようになったよ。勉強を通じて。頭の中には誰でも多くの考えがあるじゃないか。雲のような考えたち。そんなものなどがみな どんなに発展しても、自らが腐らないように努力してこそだよ。そのような考えたちが頭の中に浮かび上がって、雲のように整理ができなくなってしまった時、私よりさらに知的水準が高くて語彙が優れた人が、その考えを整理して理解してくれたら快感を感じる。それを味わう瞬間、勉強しなくちゃいけないという気がするね。

その悩みたちは“どんな”俳優になりたいという過程だろうか?

冷ややかな俳優になりたい。ある潤沢さに飼い慣らされたのではない。それでも窮乏だというのではなく。俳優という存在が潤沢でなければならないから。そこに依存しないで、あまり振り回されないで、常に私がしたいことを悩んで考える、肥沃でない冷ややかな俳優。

毎作品がそうだった?

う~ん…毎瞬間毎瞬間、したかった作品をしたよ。「ノンストップ」も同じで。もちろん良い結果が出たからということもあるし。過程が楽しかったからということもあって。「南男北女」の場合は結果が良くなかったけれど、過程がとても楽しかったんだよ。その作品が存在したから「バリでの出来事」ができたし。またその作品を通じて、違うものたちを見せることができたんだ。ずっと私を完成させていく段階のことだから、理由のない作品には出演したことがない。その選択が正しくなかったと考えたこともないよ。

自身の選択を後悔したことがなかったということだね。

二度とこのような出演の仕方はしてはいけない、と考えたことはある。2002年に相次いで作品をした時は、このようにしてはいけなという気がしたよ。「マドレーヌ」「大望」に2回分出演、「クラシック」「星を射る」… 人間がすべき仕事ではなかったよ。最善を尽くすことができなかったこともあって、惜しさが多いから。とにかく作品をするというのは、ずっと惜しさが残ることだが、肉体的に大変に…精神的に辛くなるほどの肉体的な消費はしてはいけないという考えをすることになった。それは作品のクォリティーにも多大な影響を及ぼすから。

肉体的なことで面倒を見ることはあるか?

俳優はとにかくコンディションがずっと良くなければならないから。感情を表現する人だから。泣きたくても調子が良くなければ、涙が死んでも出てこない。ぶっ殺しても。私の中で、両親を何度殺しても出てこない。そんな時はどのようにするか。太陽は傾くのに、泣かなければならないのに。もう頭がおかしくなりそうで。明日また撮ることもできない。どのようにするか。その瞬間はとても後悔したよ。本当に力がなくて、エネルギーが陥って出てこないけれど。これを“できない”と言うには自尊心がとても傷ついて。俳優としての責任感を他人に回避することのようで。それで大変な時がちょっとある。

「できない」ということをありのまま受け入れてくれればより良いだろうが、そうでない時が多いだろう?

「なぜできない?」「お前は、なぜできないのだ」俳優の心は俳優以外の人には分からないから。どうにもならない日がある。死んでも、どうにもならない日が。それは言葉ではとても表現ができない。いわゆる“その瞬間”が来ないのに、どうやって…。話を戯画的にすれば、「その瞬間」が来ないのに、どのようにその演技ができる?今日は来ないのに。(笑)

「サンファジョム」撮影時はそのような部分で大変な点はなかったか?

あったよ。ところが、映画の長所は時間がある程度与えられるということ。ドラマはそうすることができないから。今日の放送分を今日撮っているから。良い点もある。その場ですぐ反応がくるということ。もちろんメカニズムが違うので他の事でも差がある。ドラマは少し肉体的に大変だ。だから点滴で闘魂を出すんだ。点滴を打って演技したいか?良い状況にならないから闘魂を発揮しなければならないということだ。

事実その「闘魂演技」という件、話にならない状況じゃないの。

まったくだ。本当にやむをえない場合に闘魂ということを発揮しなければならないけれど。ずっと闘魂を発揮しなければならないということならば、そのシステムに問題があるということだ。ところが、そのシステムを変えることのできる人が誰もいない。変えられない。現実がそうなんだ。そうしなくてはならないのに、どのようにするか。先輩たちもそうしてきたが。

受け入れることも俳優たちがしなければならない一つの物事になるようだ。“軍隊”問題もそうだろう。来年に入隊する予定だと聞いたが。

忘れてしまった“一般性”をたずねてくるよ。う~ん…10年の間忘れてしまった一般性を軍入隊中には、たずねることができる機会になるはずだ。


  元記事はこちら

ユ・ハ監督とジンモssiのインタビューも載っていました
「霜花店」特集ということなのでしょうね
興味のある方は、どうぞ♪

  ユ・ハ監督の記事

  チュ・ジンモssiの記事

ジンモssi、昨日 来日していますね。
今日から「霜花店」の舞台挨拶が始まります。



インソン君は なんだか難しいことをおっしゃってますね~
…もしかしたら、訳が間違ってて難しくなってしまってるのかもしれないけど(^_^;)

とにかく、俳優というのは
常に悩み多き者なのね~!ということですよね?
表現者ですもんね。
役者の演技ひとつで、観る方の捉え方も全然違ってくるのですから…

ひとつの台詞が、役者の演じ方によって
哀しかったり、嬉しかったり、可笑しかったりするんですよね。

でも難しいぶん やり甲斐もあり、
やり遂げたときの達成感は相当なものでしょうね!!
これからも、インソン君の傍で その達成感のかけらでも、
一緒に味わって、寄り添っていきたいなぁ(*^_^*)

美しいホンリム


ずっと長い記事を読んでいただいて、ありがとうございました。
私の勝手な解釈の元、訳文をかなり書き換えています。
もしかしたら全然違う意味の文になってしまっている箇所もあるかもしれません。
あまりにひどい間違いなど、
気付かれましたら 遠慮なく指摘してくださいね。
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☆Comment corner

●2009.11.20 Fri 15:24

  
こんにちは~
この記事、ELLEではなくて「PREMIRE」に載っていた記事ですよ。

明日、ジンモ王様に会ってきまーす!
  • #eYj5zAx6
  • URL
  • Edit

●2009.11.20 Fri 16:01

  ♪柚さん
教えてくれて、ありがとう!!(^^)
訂正させてもらいました。

しかし柚さんに訳文を見られちゃったのね~
ほんと お恥ずかしいわ…(^_^;)

チケット、取れたんですね!!
楽しんできてくださいね~
私も、強運のお友達のおかげで、日曜日に行けそうです(*^_^*)








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